以前、拙作ブログとメルマガに「厳しい」ご指摘もありました、
とお話しましたね。
私はこれからもめげずに書く決意ですが、「事実」と「意見」は
出来るだけ区別するよう心がけます。
さて、ここで私の小学生時代のことを思い出し、書いてみたいと
思います。(せっけんと合成洗剤に関わる事です)
私が小学生だった頃・・・
新潟県長岡市宮内(みやうち)というところで育ちました。
昭和37年〜昭和42年の6年間。
小学校は長岡市立上組(かみぐみ)小学校。
学校の教室から清酒「吉乃川」の工場が見えていました。
(小学校に隣接)
昭和30年代当時、自宅の回りは宮内駅のすぐ前でしたが、
すぐ近くの県立長岡農業高校で、牛舎、豚舎、にわとり小屋に
自由に出入りして遊んでいました。
回りを見渡してもほとんど田んぼでした。
当然、用水路があり(幅1mちょっと)そこには、いつもフナや
アブラハヤが編隊をなして泳ぎ回っていました。
コンクリート製用水路でしたがコンクリートの壁面(水の中)には
タニシがびっしりいましたし、いとみみずや茶色っぽいのと
緑っぽい蛭(ヒル)もたくさんいました。
田んぼにはかえるの卵がたくさんあり、トンボもシオカラトンボ、
ムギワラトンボ、オニヤンマ、ギンヤンマ、真っ黒なチョウトンボ、
イトトンボそのほかにもたくさんいました。
少し歩くと通称「おおまんどう」という東山からの川幅3m程度の
農業用水路があり、そこには非常に多種の魚類、水生昆虫、草花で
溢れ返っていました。(いちいち書くときりがない:笑)
真冬に、雪の中スキーを履いて魚釣りに行くと、珍しいヤツメウナギも
いました。真冬にやっとみみずを探し、寒鮒を釣りましたねぇ。
ところが・・・小学校高学年の頃(昭和40年以降)
劇的に、そして確実に「ある変化」が私の慣れ親しんだ環境に訪れたのです。
それは、急速な、あまりに急速な「絶滅」です。
私が中学校に入る頃には、家のすぐ近くのほとんどで「絶滅」が「瞬間的に」
進みました。
結論から言っちゃいますと、「せっけん」から「合成洗剤」に替わった
ことが原因だと私は「確信」しています。
(上記の定義からすると、絶滅は「事実」、合成洗剤は「意見」ということに
なるのでしょうが)
私自身、環境とからだにたいする「加害者」と「被害者」になったのです!!
先回のブログではせっけんから合成洗剤に変遷した理由、を書きましたが
合成界面活性剤(減水剤、AE剤、そして合成洗剤)の毒性を知るに至り、私個人の中ではゆるぎない「確信」に変わりました。
市場に95%以上のシェアを持つ、合成洗剤商品、
つまり、花王やライオン、P&Gなどが作っている
シャンプー、リンス、ボディーソープ、練りはみがき、そしてハンドソープ、洗濯用洗剤、台所用洗剤、など
全てにおいて人体と環境に回復不能なほどの重大な被害を与える、
ということを知らないかたがまだまだ多いと思います。
ちょっと調べれば、それらの隠しようのない「事実」に簡単に行き着くはずです。
ぜひ調べてみてください。
今、地球温暖化対策が大きな声となりゴアさんの「不都合な真実」も映画化されました。
スーパーのレジ袋の有料化も進むでしょう。
また、クルマ通勤から電車通勤に変えた人もおられるでしょう。
自転車を見直し、日々実践されている方もおられます。
LOHASなリフォーム屋さんのLOHASなおはなし
リフォーム会社「FLAT」の社長が綴る真実だけのエコでLOHASなおはなし。GO LOHAS!
2007.02.16 TOKYOBIKE
http://ecoflat.cocolog-nifty.com/blog/2007/02/index.html
私の私見ですが、合成洗剤メーカーのウソと虚飾で塗り固められた製品群から
「完全撤収」することは不可能に近いくらい非常に困難かもしれません。
なんのことはない、「せっけん」に戻ればいいのです!!
暴力の「加害者」と「被害者」にならないために!!
「事実」を正しく認識し、合成洗剤の
「人体に対する暴力」
と
「環境に対する暴力」
には、私は決して屈しない決意をしました。
そもそも、この件に関して「事実」と「意見」を分ける事は重要かもしれませんが、
たとえ、合成洗剤の「せい」だけではないとしても、大きな要因であることはもはや疑う余地がありません。(キッパリ)
第一、学識経験者でなければ自由に発言できない不自由な社会ではないはずですし、
(どこかの国のように)、知らない方に「不安感を植え付ける」ことが目的であるはずもなく、匿名性を使って罵詈造言を言っているわけでもありません。
「こんな事実があります、一緒に考えましょう」というのが、
私のスタンスですから。
その「事実」と拙宅の「傾向と対策」について(蟷螂の斧:笑)
そしてそれからどうなったかの実戦を・・・
続く



